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浦和地方裁判所 平成2年(ヨ)229号 決定 1990年7月02日

債権者

甲野一郎

右代理人弁護士

小野吉則

堀井準

債務者

株式会社乙川

右代表者代表取締役

乙川二郎

債務者

株式会社丙沢商店

右代表者代表取締役

丙沢三郎

右両名代理人弁護士

大木一幸

斎藤喜英

主文

債務者らは、債権者が一〇日以内に債務者らのために金一〇〇万円の共同の保証を立てることを条件として、別紙物件目録記載一、二の各土地上に建築中の同目録記載三の建物につき、その二階北東側の一室(別紙図面イ、ロ、ハ、ニ、イの各点を順次直線で結んだ部分)の建築工事のうち、同図面ABの直線より上部の部分について、同建物の枠組み工事に必要な部分を除いて、続行してはならない。

債権者のその余の申請を却下する。

申請費用は債務者らの負担とする。

理由

第一当事者の主張

一債権者

(申請の趣旨)

主文第一項と同旨(但し、同主文中「同建物の枠組み工事に必要な部分を除いて」の部分を除く)。

(申請の理由)

1 債権者は、龍泉寺から土地を借り受けて、別紙物件目録記載四の建物(以下、債権者建物という)を所有している。

2 債権者建物では、債権者(昭和八年生まれ)、債権者の母甲野春子(明治三五年生まれ)、同姉甲野夏子(大正一二年生まれ)の三人が生活をしている。中でも、夏子は、椎間板ヘルニアの後カリエスをわずらって、同建物の二階の南側居室に寝たきりの状態である。

3 債権者建物の敷地の南側に隣接する同目録記載一、二の各土地(以下、本件土地という)は、従来、駐車場として利用されていたが、債務者株式会社乙川(以下、債務者乙川という)は、平成元年一二月に、本件土地を買い受け、債務者株式会社丙沢商店(以下、債務者丙沢という)に請け負わせて、同目録記載三の建物(以下、本件建物という)の建築工事を始めている。

4 本件建物は、総二階、高さ9.2メートル、東西の長さ二八メートル、床面積約224.52平方メートルの鉄骨軽量コンクリート造りで、本件土地一、二の南側境界線から五〇センチメートル離れて建築され、一階が車庫と倉庫に、二階が事務所と従業員の居室になる予定である。

5 債権者建物は、これまで、終日、日照を受けていたが、仮に本件建物が完成すると、冬至の時期で、一階部分が午前八時から午後四時まで、二階部分が午前一〇時から午後四時まで、まったく日照を阻害されることになるし、また、圧迫感や、通風阻害などの被害も生ずることになり、債権者の受忍限度をはるかに超えることになる。

6 せめて、本件建物の二階六畳間(別紙図面イ、ロ、ハ、ニ、イの各点を直線で結んで囲まれた部分)を削ることにし、債権者建物の二階南側の窓を若干改修すれば、これを削らない場合と比較して、同建物二階の日照は、冬至で約二時間増えることになる。

7 なお、本件建物が立地する地域は準工業地域である。しかし、建物の高さが一〇メートル以上の場合には、日影規制があり、その建物が建てられることで、隣地の境界から五ないし一〇メートルの範囲内に、五時間以上の日影を生じさせてはならないこととされている。本件建物は、高さが9.2メートルで、形式上はこの規制を受けないが、右規制の趣旨からすると、右規制に準じた日照の確保がなされるべきである。

よって債権者は、建物の所有権および人格権にもとづき、申請の趣旨のとおりの決定を求める。

二債務者ら

(申請の趣旨に対する答弁)

1 債権者の申請を却下する。

2 申請費用は債権者の負担とする。

(申請の理由に対する認否等)

1 申請の理由1は知らない。

2 同2は認める。

3 同3のうち、本件土地の全部が駐車場として利用されていたとする点は否認するが、その余は認める。駐車場は、本件土地の西側約半分のみであり、東側には、平家の家屋一棟と、一部二階建のアパートらしい建物一棟とが建てられていた。

4 同4は認める。

5 同5のうち、債権者建物が、終日日照を受けていたとの事実は知らないが(おそらくは、本件土地に建てられていた二棟の建物により、日照の影響があったものと思われる)、本件建物が建築されることで、債権者主張のごとき、日照の影響が出てくることは否定できない。

6 同6のうち、債権者建物の二階南側の窓を若干改修するというが、若干程度ではなく、大幅な改修が必要となるのであり、また大幅な改修をしたとしても、日照が得られるのは、南側の三分の一程度にしか及ばないのであって、その意味で、正確性を争う。

7 同7は争う。

8 本件建物は、倉庫兼従業員のための住居であって、特に問題となるようなものではないし、その建築場所は、都市計画法上の準工業地域内にあって、その制限される基準は、住居地域とは自ずから異なる。建物の高さも、住居地域ですら一〇メートルまでは許可されており、準工業地域では、原則として高さの制限がない。このような状態であるから、現在の都市生活において、一〇メートル以下の建物は、隣接する建物への影響があっても、受忍限度内と言うべきである。

債権者主張の家族らの状況は、お気の毒な状況とはいえ、それは特殊なものであり、これをもって、日照確保の必要性が通常より極めて高いとは言えないから、そのことを理由にして、本件建物の建築が許されないという主張はなりたたない。

しかも、仮に本件申請のとおりに建築が禁止されたとしても、それによって債権者が得られる日照の程度が明白でないことは前述したとおりであり、結局、受忍限度内と言わざるをえないものである。

第二当裁判所の判断

一本件記録中の疎明資料および当裁判所に明らかな事実を総合すると、一応、次の事実が認められ、他に、これを覆すに足りる疎明はない。

1  本件土地と建物

申請の理由3、4の事実は、同3のうち、本件土地上の全部が駐車場であったとする点を除いて、一応認めることができる。

ところで、本件土地は、間口8.89メートルが道路と接する、ほぼ長方形の土地であるが、奥行きが40.82メートルもあって、かなり細長い土地である。そして、本件建物は、その道路から12.1メートル奥に入った地点から、敷地の一番東側まで、有効土地のほぼ全部に建築がされていて、建物の一階部分は、その奥行き二八メートルのうち道路側11.4メートルが吹き抜けの車庫になっていて、建物前面の空き地と連続している。また、本件建物は二階建てでありながら、全体の高さが9.2メートルと、ほぼ三階建建物に近い高さを持っているが、それは、右吹き抜けの奥に、高さ5.3メートルほどの倉庫を作ったからである。二階部分には、債務者乙川の事務所と従業員の宿舎が設けられる予定で、その間取り等は、別紙のとおりである。

なお、本件建物と、債権者建物の敷地との境界線とは、0.5メートルの距離がある。

2  本件土地周辺の地域性

ところで、本件建物は、都市計画法上の準工業地域内にあり、本件建物の高さとか、本件建物が建つことによる日影規制とかの、行政上の制限はなされないもののように一応認められる。

近くには、川口市役所の建物や、数階建てのビルが建ち、将来は、高層建物が増えることも予想できる地域であるとは認められるが、本件建物のごく周辺を見渡してみる限りでは、二階建て以下の建物がその殆どを占めており、三階建て以上の建物はまだ少ない状況にある。

3  債権者建物とその生活状況

申請の理由1の事実は、一応、認められる。

債権者建物は、昭和三九年に建築された二階建木造住宅(一階に六畳二間、二階に六畳一間の三DK。うち一階の台所と六畳の居間、それに二階の六畳が南側に面している)で、道路から三三メートル以上も奥に建てられており、その敷地と本件土地との境界線から、近い部分で1.65メートル、遠い部分で8.75メートルほど離れて建築されており、これまでの本件土地の利用がどうであったかという問題は若干残るにせよ、日照の確保が問題となるような状況にはなかったように認められる。

また債権者とその家族らは、戦前から、この敷地で生活を続けてきており、その生活の状況は、申請の理由2に記載のとおりの他、母甲野春子も週のうちの半分程度は二階の居室に寝泊まりをしていること、債権者自身も日射病による後遺症があり仕事に出れないでいること、暖房は煉炭を利用していること、の事情も認められるし、そのような状態は、ここ一〇年以上も続いていて、日照確保の必要性が高いように認められる。

4  本件建物建築による日照阻害の程度

債権者建物の東側には、本件建物とは別の既存建物があり、この建物の日影で、債権者建物は、冬至期で午前八時から同九時三〇分ころまで日照に影響を生ずるとは認められるが、その点を除くとすれば、本件建物が建築されるによる日照、通風の阻害、圧迫感など、ほぼ申請の理由5のような状態であるように認められる。

5  本件申請の建築続行禁止をした場合における日照確保の程度

本件申請どおりの建築続行禁止をした場合でも、本件建物一階への日照阻害は変わることがないが、同二階部分は、冬至期の午前一一時ころから午後一時ころまでの間、二階居間の南側窓の上三分の一程度の範囲に日照を受けることができるようになるし、債権者らがその南側窓を改修し、その上部の壁をも窓に改修することとすれば、午前一〇時三〇分ころから午後一時三〇分ころの間、その窓の上二分の一程度の範囲に日照を受けることができるようになると認められる。

6  建築続行禁止による債務者乙川の不利益

もっとも、そのような建築続行禁止をした場合には、本件建物の枠組みや、設計から変えて行かざるを得なくなって、大きな損害が出ることが予想できるし、仮に、枠組みを残して、申請の趣旨のとおりに建築の続行を禁止した場合であっても、本件建物が変形になることによる損失や、枠組みを被覆することによる損失、また、一室が減ることによる経済的損失などが見込まれるし、労務管理上の負担の増加という問題も生ずると考えられる。

二以上の事実関係をもとに検討するに、本件土地周辺の地域は、前記のとおり準工業地域であって、市役所等にも近く、将来は高層建物も建築されることが予想できる地域であるし、日影規制の関係では、一応適法な建物ということは出来るように見られ、かつ、本件建物の用途、形状からすると、一般的に見るかぎりにおいて、建築が不都合であるとは思われない。

しかし本件建物が、ことさら奥まった形で建築され、しかも建物一階の四割が吹き抜けの駐車場という設計になっている点、本件建物が建築されるとなれば、債権者建物に大きな日照阻害等を及ぼし、また債権者およびその家族の生活に大きな影響が及ぶであろうことは、債務者らにとって容易に知ることができたはずの点、設計段階で、若干の設計変更をすれば債務者らの右被害の程度を軽減することは容易であったように思われる点など、問題点があることは前認定のとおりである。そうであれば、本件建物の建築は、土地の有効利用を最優先し、債権者に対する被害の軽減に配慮を欠いた点があるとは、指摘せざるを得ないように認められる。

特に、本件では、債権者建物が受ける日照阻害等の程度は、重大であり、加えて、債権者建物は、長年、債権者とその母、姉の毎日の生活の場として利用され、ここ一〇年以上は、姉の病気療養の場ともなっている、との事情もある。もちろん、債権者側でかかる被害を回避するだけの余裕があるならば、また別論で、債務者らの本件建物建築を問題にする必要はない訳であるが、本件で、かかる余裕があるようにはうかがえず、他方、債務者らは、本件建物への日照阻害等の被害が生ずること、また債権者とその家族について生ずる影響などについて、これを知っていたか、あるいは、これを容易に知ることが出来る立場にあった、というように認められる。

三以上のような諸般の事情を総合して、検討すると、本件建物建築による債権者の被害は、日照被害一般の意味で重大というだけでなく、そのことに、債権者側の特殊事情が加味されて、甚大な被害が生ずることになると言わねばならず、他方、債務者らは、本件建物の設計段階で、かかる事情を知りうる立場にありながら、かつ、被害の軽減に配慮をした様子がないとも見られるのであって、このような特別の事情のもとでは、本件建物の立地場所周辺が準工業地域にあり、行政法上の日影規制を受けないものであるとしても、なお、その被害の程度は受忍限度を超えた、違法なものであり、その違法の程度も工事続行の差止めを命ずる程度のものであるように、一応は解される。

しかし、債権者、債務者ら間の調整は、相隣関係を規定する法の趣旨に従って、相互の利益衡量をはかりながら、これを行う他はなく、本件ではすでに、大幅な設計変更ができる状態にないことから、申請の趣旨のうち、枠組み工事に必要な部分の工事のみはその続行を許すこととするが、その余の部分については、建築続行を仮に禁止するのが、相当である。

よって債権者の本件申請は、債権者が一〇日以内に、債務者らのために金一〇〇万円の共同の保証を立てることを条件として、右の範囲でこれを認めることとし、その余はこれを却下し、申請費用の負担については民事訴訟法八九条、九二条、九三条を各適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官上原裕之)

別紙<省略>

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